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2021/2/14     「嵐の中におられる主」     松尾献主事

聖書 マタイ14:22~33   中心 マタイ14:33

 神様はこの世界を完璧な世界には造られず、人間と一緒に完成に向かって進もうと言われました(創世記1:26-28)。私たちは神様の喜ぶ世界を管理し、広げるためにこの世界に生かされています。

「イエスは弟子たちを舟に(しいて)乗り込ませ」(22)。私たちも神様にしいて送り出される場所があります。そこで神様に喜ばれることをしようとする時、向かい風を経験することがあります。しかし、困難や試練の中で私たちは神の言葉を聞くことができるのです(27)。神の言葉はクリスチャンだけではなく、神様を知らない人にも、この世界の隅々にまで働きます。

神の言葉を聞いたペテロが動き出しました(28-29)。ペテロは途中で強い風に気づいて怖くなり、沈みかけました(30)。私たちもまた風を見て恐れます。自分の生活している所では、神の言葉は通用しないのではと、あきらめそうになります。

 沈みかけたペテロは叫びました(30)。イエス様はペテロをつかまれました(30)。つかむというのは、こっちの手が離れてもイエス様の側は離さない関係です。イエス様は生きておられます。たとえ私たちが沈みかけても、イエス様のほうはあなたの信仰をあきらめず、あなたの信仰の手をしっかりつかみ、引き上げてくださる方なのです。クリスチャンの成長は螺旋階段です。上から見ると同じところを回っているように見えますが、横から見ると信仰の成長が見えるのです。

 イエス様はペテロを、弟子たちが乗っている舟に戻しました。他の弟子たちはペテロを見て笑ったでしょうか。決してバカにしなかったと思います。彼らはペテロのように船から出ることもしなかったからです。私たちは信仰の応答をして舟から出て、途中で失敗するかもしれません。失敗しても戻るべき大切な場所があります。イエス様が戻される場所があるのです。それはクリスチャンの交わり、教会の交わりです。あなたがもう赦されないと思うほどの大きな失敗をしたとしても、あなたが戻らなければならないところは教会の交わりです。神の家族の背後の祈りや支えがあって今があるのです。もし、教会の欠けが見えているなら、その欠けはあなたが繕うように、神様があなたに見せてくださっています。

 溺れたペテロがイエス様と一緒に舟に戻ると嵐は静まりました(32)。この世界全部を造られた神様が働かれない場所なんてどこにもないのです。クリスチャンにだけ働く神様ではありません。ノンクリスチャンにも、絶望的に思える事柄にも、大きな嵐の中にも働いてくださる神様です。この神様の偉大さを見た弟子たちはイエス様を礼拝しました(33)。私たちはキリストの弟子として歩んでいく時、この信仰告白に導かれます。

私たちはここから遣わされ、キリストの弟子として歩み続けたいと思います。その場所に必ず主は働いてくださり、「まことに、あなたは神の子です」という告白に導かれるからです。この豊かな人生を、今週も歩ませていただきましょう。

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