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2021/3/28  「強くあれ雄々しくあれ」    松尾献主事

聖書 ヨシュア1:1-9   中心 ヨシュア1:7、9

 新しい生活を前にする時、私たちは見えない先の事柄に不安や恐れを抱きやすいのです。ヨシュアも私たちと同じように弱さや恐れを持っていました。

①新しい地に入っていく「恐れ」

カナンの地は良い土地ですが、危険な土地です。勝ち取るためには信仰の戦いが待っています。緊張、不安がありました。これは私たちも持ち得るものだと思います。真の神様を信じない人々の中に、聖書とはかけ離れた価値観の中に入っていくのです。そこにいる人たちは勢いを持ち、強そうに見えます。神様が働いてくださると信じていても、やっぱりこの信仰の戦いには緊張が生じるのです。

②自分の弱さゆえの「恐れ」

ヨシュアは自分の欠けや弱さをよく理解していました。恐れや不安をもったヨシュアを、神様はみ言葉に従うことにおいて「強くあれ。雄々しくあれ」と励まされました(7)。神様がこれから行く先にも一緒にいて、働いてくださるからです(1:5,9)。ヨシュアは神様に従いました(1:10~)。彼は40年の荒野の生活で、神の言葉には力があり、神の言葉は本当にその通りになるということを経験してきました。ヨシュアはそれだけではなく、主が共におられることの凄みも知っていました。新しい環境でも、新しい場所でも、主は共にいてくださる、み言葉をもって導いてくださる、それで十分だったのです。

私たちは神様を見ているつもりで、いつの間にか神様でないものに心を奪われてしまうことがあります。しかし神様は言われます。「み言葉に従いなさい。強くあれ。雄々しくあれ」と。問題は環境や状況ではないのです。これまで経験したみ言葉の力は、新しい場所でも通用します。なぜなら、神の言葉でこの世界すべてができているからです。神の言葉が通用しない場所はどこにもないのです。今まで知った神の臨在は、これからもずっと一緒です。共にいてくださる神様に信頼し続けることをこれからもやめない、それで十分なのです。

 神様に信頼したのはヨシュアだけではありませんでした。神の民、群れ全体で、神の言葉に生きることを励まし合いました。私たちはこんなに語られていながら、また恐れるのです。でも私たちには神の民という家族がいます。神の家族みんなでみ言葉を聞き、主に信頼しようと励まし合うのです。み言葉を分かち合い、祈り合い、主が共におられることを一緒に信じ、励まし合う場所がここにあります。そして神様を信じたヨシュアたちはカナンの地を勝ち取っていきました。

新しい場所でも主は共にいてくださり、働いてくださいます。私たちはこの神の言葉、主が共におられることに信頼しながら、4月からの新しい生活に信仰をもって入っていきたいと思います。

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