Menu

0 Comments

2021/5/2    「あなたを見つけるまで捜し歩く神」  松尾 献主事

聖書 ルカ15章1~7節   中心 ルカ15章7節

●羊である私の姿(羊と私たちの似ているところ)

①白く見えるけど実際は汚い ②他に影響されやすく、群れで動く ③迷いやすく弱い。

羊飼いは危険から羊を守り、安全な道を選び、水や草を与えて導きます。羊飼いから離れた羊は絶望的ですが、羊はそのことに気づいていません。

●羊飼いである神というお方

 見つけるまで、99匹を置いてでも捜します。羊飼いにとっては百分の一ではないのです。愛する羊が通ったであろう道を捜し歩いたと思います。羊飼いは羊を見つけ、大喜びで羊を担いで帰り、近所の人たちを呼び集めてパーティーを開きます。そんなクレージーな愛を持つ神様なのです。

神から離れて死に向かう私たちを救うことを選び、神であるキリストがこの地上に来てくださいました。天の高い所にいるより、私たちを捜すことを選ぶ神様なのです。イエス様は神様なのになぜ苦しい所を通られたのでしょうか。それは痛みの場所であなたと出会うためです。イエス・キリストはあなたを捜して見つけるために、あなたが通った苦しみや痛みの場所を通ってくださったのです。神様は自分のいのちに変えても、あなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛していると言われます。

 教会から離れたり、いつの間にか神様よりも大事なものを握りしめたり、たとえそうであっても、イエス様は今日も変わらずにあなたのことを愛しています。このイエス様の愛に飛び込んだらいいのです。汚れも臭いも全部知っていても、「ここにいたのか」と大喜びで担ぎ、パーティーを開いてくださるのです。私たちにできることは、ただ「ありがとう」と言って圧倒的な愛を喜んで受け取ることです。

 私たちは信じる前も後も迷います。羊だから。神様を知る前はどこに向かって行くのかわからない迷いでしたが、今は違います。迷っても必ず「ここにいたのか」と見つけ出してくださる神様がいることを知っています。迷いの先は絶望ではなく叫ぶ場所があります。祈りです。確かに私たちを探し出してくださる方がいるから、私たちはきちんと悩み、自分の人生に一歩一歩きちんと踏み出していけるのです。

羊飼いは羊を見つけた時に担ぎました。羊の目の高さは羊飼いと同じ高さになりました。羊飼いと同じ視点で見る人生が始まったのです。痛みのある人生に羊飼いなる神の導きと養いとご計画があると思う時に、新しい神の視点、考え方で私たちは生き始めるのです。神様はあなたと一緒に生きることを今日も願っておられます。神と共に歩む豊かな人生へと今日もあなたを導こうとされています。そして何よりも、あなたが神のもとに帰ることを大喜びで待っていてくださるのです。

 さて、みなさんは本当の意味で神様に出会っているでしょうか。今日も私たちを愛してくださっている神様の愛を喜んで受け取りましょう。私たちを喜んでくださる神の愛が今日もここにあるのです。そして天において盛大なパーティーが開かれるのです。

タグ: