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2021/5/9     「主の教えを受け取る信仰」   横田千代子師

聖書・中心 イザヤ54章13~14節

主が私たちにくださっている主の教え、信仰の遺産を今日、共に味合せていただきたいと思います。世が与える平安は移ろいやすいものです。イエス様の平安、遺産をしっかり受け取ってください(ヨハネ14:27)。

イエス様はどんな平安をお持ちだったのでしょう。「わたしと父とは一つです」(ヨハネ10:30)。父のみこころを行うのでわたしを一人残しておくことはされません。父はわたしといつも一緒です。父とわたしは一つです。

神様のみ思いの中に一つの大きな悲しみ、憂いがありました。父、御子、御霊なる神が一つ思いで愛の交わりの中にあるように、神は人間とも愛の交わりを楽しむことを求めて創造されました。けれどもアダムとエバは罪の誘惑に陥り、サタンの言葉にそそのかされ神の言葉を捨てて、罪の中に入り込んでしまいました。全人類は、行列の先頭が間違って踏み外したゆえに、罪の中に閉じ込められ、罪の奴隷となって今日に至ります。

神様はこの人類をもう一度連れ戻すために、ひとり子イエス・キリストを私たちの罪の宥めの供え物として地上に送ってくださいました。「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです」(Ⅰヨハネ4:10)。イエス様はいやいや十字架にかかるために来てくださったのではありません。イエス様は「わが神よ、私はあなたのみこころを行うことを喜びとします」(詩篇40:8)と喜んで十字架の死に至るまで従ってくださいました。そして揺るがない平安を与えてくださったのです(イザヤ54章)。十字架の贖いによって義とされているあなたに教えられ、主によって教えていただく子どもたちにも豊かな平安があります。

 マタイ26:26~28は最後の晩餐、十字架直前のイエス様が弟子たちに語られたお言葉です。私たちは契約の血によって罪を赦されました。イエス様を救い主と心から信じて受け入れた人には素晴らしい変化がありました。「この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった」(ヨハネ1:12)。あなたの子たちは罪赦され神の子とされ、永遠のいのちが与えられています。これは誰も奪うことのできない身分、特権、力です。

 赦されて贖われた私たちはこれから何を中心に生きていくべきでしょうか。「父がわたしを遣わされたように、わたしもまたあなたがたを遣わします」(ヨハネ20:21)。尊い使命を授けてくださったのです。神様の愛を知らないで罪の中に閉じ込められている方に遣わされていく時が来たのです。「聖霊を受けなさい」(22)。真理の御霊、慰め主、助け主、教師を送るから大丈夫だと言われます(14:16-17)。この方を朝毎に心の王座にお迎えするのです(ガラテヤ2:19-20)。

 素晴らしい助け主です。弱い私を愛し、決して見捨てないのです。わたし自身があなたと一緒に、あなたの人生を終わりまで行きます(出エジプト33:14)。どんな問題の只中にも恐れなくていい、もだせ、静まれ。罪の赦しをいただいた私たちは、福音をお分かちするために与えられた人生、命であります。あなたが天国に行った時、あなたを通して私は救いに導いていただきましたと言われたいものですね。

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