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2022/2/13 キリストの下にある自由な生活②交わりを生み出す自由 横田法路師

聖書 ガラテヤ5章1、13~16節   中心 ガラテヤ5章16節

1.恐れからの自由—真理と愛を知る 

①真理を知る 主は永遠にすべ治められる(黙示録11:15)

 いろんな問題の背後にキリストがおられ、手綱を握っていてくださいます。だから心配しないで、恐れないで、そこから自由になっていくのです。

②愛を知る 最後まで愛し抜いてくださる愛を知る(Ⅰヨハネ4:18)

 人間の愛は不完全、不十分です。恐れを完全に締め出すことができるのは完全な愛です。この全き愛が神様の愛、無条件の愛です。私たちがどんな状況にあってもあきらめない、最後まで愛し通される愛です。十字架の死において最も大きな愛が示されました。このような愛で愛されていることを知る時に、信じる時に、心から恐れが締め出され、自由が与えられていきます。

2.自己中心からの自由—キリスト中心 ガラテヤ5:13

「自由を肉の働く機会としないで」。自由をどう用いるかで大きく分かれます。自由が肉の働く機会となることがあります。肉とは人間の罪深い性質、自己中心性です。自由の問題というのは、自由が問題なのではなく、自由を肉の働く機会として用いていることが問題です。自己中心的な自由の使い方。それが社会に分断や問題を生み出していくのです。

「愛をもって互いに仕え合いなさい。愛する機会、仕える機会として自由を用いるためにどうしたらいいのでしょうか。心の王座をイエス様に明け渡すことです(ガラテヤ2:19-20)。私たちが不安を感じるのは一つのシグナルです。いつの間にかイエス様ではなく、自分が王座に就いてしまい、不安や恐れが戻って来るのです。大事なことは、その時もう一度イエス様に心の王座を明け渡すことです。イエス様が王となってくださる時、心の中に平安を取り戻し、喜びや自由や力が与えられます。

イエス様に愛されていることを知る時、イエス様を愛するようになります。そしてイエス様が愛している人を愛し、仕えるようになります。強いられてではなく、義務でもなく、自由の内に愛し仕える生き方が始まるのです。自己中心的な自由は交わりを壊し、キリスト中心の自由は新たな交わりを生み出し、交わりの回復を生み出します。

 簡単な歩みではありません。自分の力で歩むのは不可能です。

3.御霊によって歩く ガラテヤ5:16

自分の力で愛する、仕えることはできません。だから御霊によって歩みなさい。私たちの内におられる御霊の導きをキャッチしながら歩むことです。私たちは目の前に起きていること、聞こえてくることに振り回されます。聖霊が何を教えようとしているのか、御霊の細き声を聞き分けることが必要です。聖書を読んで学んでいく時、細きみ声を聞き分けることができるようになります。御霊によって歩こうではありませんか。御霊の力をいただきながら歩んで行こうではありませんか。

 東北ヘルプ代表吉田先生:私たちは上を向いて「なぜ?」と問う。震災を通して経験したのは、キリストは下におられる、すでにここにおられる。キリストがここにおられることが分かった時、私は「なぜ?」と問うことを止めた。イエス様はすでにこの苦しみの中におられる。このお方が導かれるところに私はついて行こうと決心した。

 神様を遠く感じることがあるかもしれません。主はあなたのそばにおられます(イザヤ43:1-2)。 十字架にかかって苦しまれたお方、三日目によみがえったお方、王の王、主の主が、あなたと一緒に試練の中を歩んでくださっているのです。

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