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2022/3/6 「信仰の眼で世界を見る」

聖書 マタイ11章2~6節  中心 マタイ11章6節

序:「今起きていることをどう見たらいいのでしょうか?」

イラク戦争の時 “神様を信じることは意味があるのか。私が祈っても祈らなくても世界の流れは変わらないのではないか”という疑問が生じました。その時開かれたみ言葉はマタイ11章2~3節、ヨハネにも迷いが生じています。ヨハネは信仰の強い人で、悩むこと、疑うことはないと思っていたので慰められました。ヨハネはなぜ揺れたのでしょうか。死が迫って不安になったからではなく、ヨハネの思うメシアとイエス様が食い違っていたからです。ヨハネの期待はメシアが来て悪を滅ぼすことでした。ところが現実はなお悪が支配しています。

 イエス様はヨハネの疑問に答えられました(11:4~5)。これはイザヤ35章4~6節の預言の成就です。単なる癒しではなく、神様が来られ、働いておられることのしるしです。これはヨハネが期待していた方法ではありませんでした。

「だれでも、わたしにつまずかない者は幸いで」(6)。イエス様は社会の見捨てられた人たちを愛し、福音を伝えました。その生き方、歩み、計画につまずく人が出てくることをイエス様は知っておられました。最大のつまずきはメシアが十字架にかかって死ぬことでした。一番近くにいたペテロもつまずきました。一見敗北のようですが、十字架の死において悪の力を打ち破られたのです。敗北ではなく勝利、滅びではなく救いの道です。私たちはすべてのことはわかりませんが、すべてをわかっておられるイエス様に信頼し、イエス様の導きに従っていくのです。

1.敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい マタイ5:43-44

イエス様は十字架の上で「父よ、彼らをお赦しください」と祈られました。どんな不正義も無視していいと言っているのではありません。真の愛とは「不正を喜ばずに、真理を喜びます」(Ⅰコリント13:6)。憎しみからではなく、愛にあって真理を語るのです。

指導者たちの正しい判断のために祈らなくてはなりません。決断や行動だけを見るのではなく、背後で支配している暗闇の力があることを見なくてはならない(エペソ6:11-12)。血肉に対するものではなく、暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊との霊的な戦いが起きているのです。この戦いは祈りによって戦います(Ⅱコリント10:4)。クリスチャンの最大の役割は祈りです。世界の教会と心を合わせて祈っていこうではありませんか。

2.十字架を負ってイエス様の手足としての働きを継続していく。

イエス様は愛を届け、福音を伝えました。平和な世界に変えるには愛と福音が必要です。そのためにウクライナにもクリスチャンが入って愛を届けています。愛の働きに日本から加わりたいと思います。

3.「神が約束された新しい世界」に信仰の眼を上げ、聖霊の助けの下、そのしるしとして生きる

 「神が約束された新しい世界」をもっとあざやかに見る必要があります(黙示録21:3~5)。まったき平和、争いはもはやありません(イザヤ11:6~9)。これが、神様が約束してくださっている、やがて来る新しい世界です。今、私たちは新しい世界のしるしとして生きています。教会は新しい世界を指差すしるしとして生きています。

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