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2022/5/1  「神の国と神の義を求めなさい」 松尾献主事

聖書 マタイ6章19~34節   中心 マタイ6章33節

Q.人生の目的とは? 創世記1:26-28

 神様はこの世界を造られた時に「非常に良かった」(31)と喜ばれましたが、完成していませんでした。非常に良い世界を、完成に向けて人間と一緒にやろうと願われたのです。神様の喜ばれるエデンの園から始まり、死も悲しみもない聖なる都(黙示録21:1-2)、天の御国に向かって私たちは生きています。ここに私たちの生きる意味があります。私たちの全生活を通して、神様の喜ばれる世界を広げていく使命を帯びています。私たちは普段、神様が喜ばれる世界を広げようと考えて生きているでしょうか。

Q.私たちはどれほど、日々の中で「神様の喜ぶ世界広げることを」「神を」意識しているだろうか?

 神様が喜ばれることを考えない場所はないでしょうか。イエス様は私たちが流されやすいことをよく知っておられました(19)。「地上に宝を蓄える」(19)は神様が喜ばれることを考えない生き方、神様を抜きにして地上のことだけに心を奪われる生き方です。その生き方は不安定で満足を与えず、快適さを突然失うことがあります。その生き方は心配な生活に私たちを引きずり込みます(25)。

 不安や心配、思い煩い、その場所こそあなたが神様を忘れている場所なのかもしれません。しかしイエス様は、心配するのをやめなさいと言われます。理由は一つ、神が共におられるからです。空の鳥さえ心にかけて愛を注いでくださる神様(26)が、神の子どもとなったあなたを特別に守ってくださらないはずはないでしょう。もっと神に信頼して生きるように励ましておられます(28-30)。

神の喜ぶ世界を広げる生き方は「神の国と神の義を求めなさい」(33)

一緒に神様の喜ぶ世界を広げようと言われます。地上のことに囚われていると本来の働きができません。父なる神に委ねて、神の子どもらしく信頼し、神様が喜ばれることを考えて大胆に生きることです。神様のために生きたことは何一つ無駄にならない世界があります。私たちが忘れたようなこと、涙、汗、祈りを全部覚えていて、やがて神様の喜ばれる世界が完成した時「ここ一緒にやったよね」と褒めてくださいます。涙が拭い去られる日が来ます。私たちの欠けだらけの短い人生が、誰かの永遠を変えることに用いられます。何人救ったとか、どれだけ大きな働きをしたかで評価されません。神に喜ばれることは何かと進んだ一歩は拙くても「一緒にやったよね、ありがとう」と言われる世界があります。

 神の国と神の義を第一に求めた方はイエス様です。いつでもどこでも誰といても神様が喜ばれることは何かを考えて生きていました。神の国と神の義を求める生き方はイエス様のような生き方になっていきます。それは自由と喜びをもたらす生き方です。

●まとめ

神様が私たちにいのちを与えくださっているのは一緒にやりたいことがあるからです。私たちを通して神の愛がその場所に広がることを願っておられます。「神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」私たちは今日どんな応答をするのでしょうか。この神の言葉によって生きることを励まし合い、祈り合う教会でありたいと思います。

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