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2022/7/3 「アドナイ・シャロム」  松尾献主事

 聖書 士師記6章11~24節  中心 士師記6章24節

 結婚式の時誓約をしました。それは重荷ではなく、愛ゆえに当然交わすべき約束です。私たち夫婦は誓約によって生かされ守られてきたと思います。

 出エジプト20章2節を見ると神様は全存在を賭けてイスラエルを愛すると誓われ、同時に神様を愛することが求められました。それは重荷ではなく喜びでした。約束の確かさがあるから安心して神様を愛することができます。どんな時も愛し合い、愛を深める民の姿を見て、周りの人たちも神の民に加えられていくことが神様の願いでした。しかし、イスラエルの民は裏切り続けます。試練や悲しみが来ると簡単に神様を捨てます。ある人はうまくいくと神様を離れます。ひどい民だと非難できません。私たちもそのような部分を持っているからです。ギデオンもそういう人でした。愛することをやめているギデオンに神様が近づかれました。

●ギデオンのいた場所 酒ぶね(11)

 イスラエル人は他民族に苦しめられていました(2-4)。主は助けてくださるに違いないと思っていたのに、状況がどんどん悪くなり神様への期待が醒めていきました。ギデオンは礼拝しても心は空っぽ、神様の愛も、神様への愛もわからなくなりました。

 私たちも神の愛がわからなくなる時、自分の価値さえわからなくなり、人と比べて一喜一憂し、いろんなことを恐れ始めます。また、成功を通しても神を忘れます。成功を失うのではという恐れで不自由になり、休みなく働きます。神様が守ってくださると信じられないからです。

●ギデオンに近づく神

・語りかけてくださる神  V 12、14、23

 ギデオンは怒っていました。悔い改めの言葉はどこにもありません。神様を愛せないのは、神様が私たちを捨てたから、助けてくれないからだというのです。私たちの内にギデオンのような思いがあるかもしれません。

 彼らの苦しみは神様のせいではなく、自ら引き起こしたものでした(1)。何度呼びかけても神様から離れて行く私たちを大切に思い、私たちの心や思いを無視して無理矢理従うようにはなさらず、意思のままに引き渡されたのです。

・愛することをやめない神 V24

神様は裏切られ、傷つけられ、愛されなくても関係を絶対に切らず、誓約に立ち続け、いつでも回復の道を用意されています。事実、士師記はその繰り返しです。ギデオンが的外れなことを言っても神様は忍耐を持って語り続けます(14-15)。ギデオンの素直な応答を主は喜ばれたのです。

・向き合ってくださる神 V13

 勝手に神に失望し、恐れと不安と不自由の酒ぶねに閉じこもっていたギデオンのもとに、あきらめずに神様が来てくださったから彼は変わっていきました。私たちは時にギデオンのように神様を愛せない自分を正当化します。「神は何もしてくれない」という思いの後ろには、「神がいるならこうあるべきだ」という自分の理想、偶像があり、その偶像に神を当てはめようとしているのかもしれません。私たちは心の目、信仰の目がもっと開かれるようにひざまずいて祈りたいのです。

●神の愛に応答したギデオン

・神を礼拝したギデオン V24

 ギデオンは主のために祭壇を築き「アドナイ・シャロム(主は平和、平安)」と名付けました。私たちの心にも「アドナイ・シャロム」があります。神の愛が見えず、神を愛せなくても、神の側は今日も約束に立ち続け、変わらずに愛し、共におられます。私たちも神様を愛し続け、本当にこの神様で良かったと生涯を通して教えていただきたいと思います。

神様の願いはそれで終わりではありません。神の民に一人でも多く加わるようにと、今日もあきらめておられないのです。この愛を届けるのは私たちです。神の愛がわからないという叫びがたくさん聞こえます。出会う人々に神があきらめておられないことや愛しておられることを、私たちを通してお伝えできるように、「主よ、用いてください」と祈りたいと思います。神様はそのことを励ますために、今日私たちに「わたしはあなたと共にいる」と教えてくださったのだと思います。

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