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2022/8/28   マタイ講解説教⑦「誘惑に打ち勝たせる神のことば」 横田法路師

聖書 マタイ4章1~11節    中心 マタイ4章4節

「これはわたしの愛する子・・・」はイスラエルの王が即位する時に語られた言葉です(詩篇2:7)。イエス様は王となられてすぐ、あえて荒野を通過され、試みに遭われました。試み(テスト)には二つの役割があります。一つはその人の中身が明らかになること、もう一つは成長することです。私たちも荒野に導かれることがあります。

1.イエス様は三つのテストを受けられました。

①石がパンになるように命じなさい(4:3)

自分に与えられている力を自分のために使おうとする誘惑です。与えられた力を神様のため、他の人々のために使うのか、自分のために使うのか、二つの選択に立たされました。弱いところではなく得意なところにおいて誘惑があります。また、人々に物質的、経済的祝福を与えることによって、人々がイエス様についていくという誘惑でもあります。

②彼らはその両手にあなたをのせ、あなたの足が石に打ち当たらないようにする(4:6)

 人々が救い主、メシアと簡単に信じるパフォーマンス、奇跡を行ったら人々はあなたについていくという誘惑です。

③もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう(4:8-9)

 この世における成功、権力、パワー、人々が求めるものをあなたに与えよう。そうしたら人々はあなたを尊敬し、従っていくという誘惑です。

 三つの誘惑は人間の本質的なところを突いています。①経済的豊さ、繁栄、物質的豊かさを人々は求めます。②人々からの人気、評判、注目を集めることを求めます。③地位や名誉を求めます。もしイエス様が得ようとするなら、どれも手にすることができました。イエス様はすべてを拒絶されました。誘惑の本質はどこにあったのでしょうか。

2.試みの本質 だれに信頼し、だれを愛して生きているのか? マタイ22:36-39

 経済的豊かさや、人気や注目、地位や権力以上にもっと大切なことは神を愛すること、隣人を愛することです。サタンは他のものを提供して誘惑しましたが、イエス様は神を愛すること、隣人を愛する生涯を選び取られました。私たちにも同じような誘惑がやってきます。その時に揺さぶられないために優先順位が大事です。戦わなくてはなりません。

3.試みに打ち勝つ どうやって戦うか?容易ではない。

 イエス様はみ言葉によって戦われました。「と書いてある」(4:4、7,10)、聖書の言葉を引用して誘惑に打ち勝ちました。体も心も霊も、私たちの全体が満たされるために必要なのは神の言葉です。神の言葉に養われる時いろんな誘惑に負けない強さが与えられ、内側が弱っていく時誘惑に陥ります。

 みこころを行うことによってイエス様に力が与えられました(ヨハネ4:34)。荒野のような厳しい環境に置かれたとしても、神の言葉があなたのうちにある時に、生きる力を、立ち上がる力を与えてくれるのです。

 いろんな誘惑がやってくるでしょう。誘惑、試練は私たちの人生のテストです。その時こそ自分の内側に気づく時であり、その時こそ神様を愛し、信頼し、信仰と内面が成長する時です。荒野に導かれたからといって失望する必要はありません。神の言葉に養われ、神の言葉に生きている時、主はあなたに驚くような成長と祝福を与えてくださるのです。

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